それから何日か穏やかに過ぎていった。
陽子と浩瀚は、二人きりで言葉を交わすほどの暇は無かったので、初雪がいつ降るかということについては、話をすることはできなかった。
桓たいがいつものように、夜が更けてから酒を持って冢宰府にたずねてきたとき、彼は浩瀚がふと漏らした言葉にびっくりした。
「え、そんな賭けをなさったんですか?」
「ああ、なにか面白いことはないかとおっしゃってね」
「はは、このところ兵舎にもお渡りにはなられないんですよ。お忙しいようですね」
「そうだな」
「しかし、私的なことで何でもいうことを聞くとは、主上は浩瀚さまにいったい何を望まれるのでしょうね」
「さてな……」
浩瀚は、この話が出た時に、陽子の頬がほんのり紅色になったことは、桓たいには言わなかった。
「で、一月二十日と十二月二十四日では、今回は浩瀚様が賭けには勝たれるでしょう」
「とは限らんが」
「この暖かさですよ。今年は熊も冬眠しないんじゃないですか?おっ、そうすると里によっちゃあ被害が出るかもしれないな。あとで、夏官長に進言しておこうか……」
「ほう、おまえにはわかるのか?桓たい」
戯言が仕事の話になってしまうのは常のことだが、浩瀚はそう思って苦笑する。
「なんとなくですがね。俺は半分熊ですから」
にやっと笑う、桓たいはまだ何か言いたそうだ。
「浩瀚様は、いったい何を望まれるんで?」
「それは、賭けに勝ってから考えるさ」
「うそでしょう?」
桓たいは急に真面目な顔になった。陽子の登極前から浩瀚の腹心だった桓たいは、表に出さない彼の気鬱を知っていた。
浩瀚様は、主上を好いておられるのだ。もっとも登極当時から、ずいぶんと気に入られていたようだが。主上に対して不遜な表現か。
しかし、事実だ。だが、幸か不幸かお二人は男と女でいらっしゃる。
主上もどうやら浩瀚様をしたっていらっしゃるようだし。まあ、浩瀚さまを慕わない者がいたら見てみたいものだが。
いや、それは主上も同じか……。しかしながら、恐れ多くも景王と、慶国冢宰では、よほどのことでもないと、この先へは踏み込むことはできないかもしれないな。
お二人のお心が、持てばいいが。
「おい、嘘とはどういう意味だ、桓たい」
「主上が十二月二十四日だなんておっしゃったのは、浩瀚様に賭けに勝ってほしいからじゃないんですか?
主上だって、いい加減浩瀚様のお気持ちに気がついていらっしゃるでしょ。ですから、浩瀚様が勝ったら、主上に一晩御同衾を願い出れば……」
「桓たい!!」
「え?だめですか?じゃあ、公休日に堯天の舎館で逢い引きのお約束を……」
「桓たい、いい加減にしないと怒るぞ」
「ほう、怒るんですか?怒ってどうするというんです」
「不敬罪の罪を問う」
「主上は、このくらいで俺のことを不敬罪なんかにしませんよ」
「何を言っている!私に対する不敬罪だ」
「はいはい、それでどんな罰を下されるんで?」
「三ヶ月ほど国外追放にしてやる。祥瓊殿と一緒にな」
一瞬、坐がしんとした。
「「ぶわはっはっはっは」」
浩瀚と桓たいは大きな声でひとしきり笑った。
浩瀚は、こんなに笑ったのは久しぶりだと思った。
桓たいは今も昔もかけがえのない友であり部下であった。
たとえ「戯言」でも、口に出して言うことによって、幾分気持ちが開放されるものだ。
自分が決して口に出しては言えないことを、桓たいは酒を理由にいとも簡単に言い放つ。
それも、皆自分のためであろう。浩瀚はそう思っていた。
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