第二節




 それから何日か穏やかに過ぎていった。

陽子と浩瀚は、二人きりで言葉を交わすほどの暇は無かったので、初雪がいつ降るかということについては、話をすることはできなかった。

 桓たいがいつものように、夜が更けてから酒を持って冢宰府にたずねてきたとき、彼は浩瀚がふと漏らした言葉にびっくりした。

「え、そんな賭けをなさったんですか?」

「ああ、なにか面白いことはないかとおっしゃってね」

「はは、このところ兵舎にもお渡りにはなられないんですよ。お忙しいようですね」

「そうだな」

「しかし、私的なことで何でもいうことを聞くとは、主上は浩瀚さまにいったい何を望まれるのでしょうね」

「さてな……」

 浩瀚は、この話が出た時に、陽子の頬がほんのり紅色になったことは、桓たいには言わなかった。

「で、一月二十日と十二月二十四日では、今回は浩瀚様が賭けには勝たれるでしょう」

「とは限らんが」

「この暖かさですよ。今年は熊も冬眠しないんじゃないですか?おっ、そうすると里によっちゃあ被害が出るかもしれないな。あとで、夏官長に進言しておこうか……」

「ほう、おまえにはわかるのか?桓たい」

戯言が仕事の話になってしまうのは常のことだが、浩瀚はそう思って苦笑する。

「なんとなくですがね。俺は半分熊ですから」

にやっと笑う、桓たいはまだ何か言いたそうだ。

「浩瀚様は、いったい何を望まれるんで?」

「それは、賭けに勝ってから考えるさ」

「うそでしょう?」

 桓たいは急に真面目な顔になった。陽子の登極前から浩瀚の腹心だった桓たいは、表に出さない彼の気鬱を知っていた。

 浩瀚様は、主上を好いておられるのだ。もっとも登極当時から、ずいぶんと気に入られていたようだが。主上に対して不遜な表現か。 しかし、事実だ。だが、幸か不幸かお二人は男と女でいらっしゃる。 主上もどうやら浩瀚様をしたっていらっしゃるようだし。まあ、浩瀚さまを慕わない者がいたら見てみたいものだが。 いや、それは主上も同じか……。しかしながら、恐れ多くも景王と、慶国冢宰では、よほどのことでもないと、この先へは踏み込むことはできないかもしれないな。

 お二人のお心が、持てばいいが。

  「おい、嘘とはどういう意味だ、桓たい」

「主上が十二月二十四日だなんておっしゃったのは、浩瀚様に賭けに勝ってほしいからじゃないんですか? 主上だって、いい加減浩瀚様のお気持ちに気がついていらっしゃるでしょ。ですから、浩瀚様が勝ったら、主上に一晩御同衾を願い出れば……」

「桓たい!!」

「え?だめですか?じゃあ、公休日に堯天の舎館で逢い引きのお約束を……」

「桓たい、いい加減にしないと怒るぞ」

「ほう、怒るんですか?怒ってどうするというんです」

「不敬罪の罪を問う」

「主上は、このくらいで俺のことを不敬罪なんかにしませんよ」

「何を言っている!私に対する不敬罪だ」

「はいはい、それでどんな罰を下されるんで?」

「三ヶ月ほど国外追放にしてやる。祥瓊殿と一緒にな」

一瞬、坐がしんとした。

「「ぶわはっはっはっは」」

 浩瀚と桓たいは大きな声でひとしきり笑った。

 浩瀚は、こんなに笑ったのは久しぶりだと思った。

 桓たいは今も昔もかけがえのない友であり部下であった。 たとえ「戯言」でも、口に出して言うことによって、幾分気持ちが開放されるものだ。 自分が決して口に出しては言えないことを、桓たいは酒を理由にいとも簡単に言い放つ。 それも、皆自分のためであろう。浩瀚はそう思っていた。

第三節

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