その楽器は、撥で弦をはじいて音を出すものであった。遠甫が弾きだすと、不思議な旋律が流れる。陽子は、どこかで聞いたような節だと思った。
さらには、遠甫がその楽器の音に合わせて歌う。
「〜〜〜♪」
意味は良くわからなかったが、朗々として、とてもよい声であった。
その歌に合わせて、上下真っ黒な袍をまとい、そのうえに銀布でかなり太い縁取りをした真っ赤な袖なしの上着を羽織った、
浩瀚と桓たいがゆっくりとした足取りで、入ってきた。二人とも、形は違うが太鼓をたたきながらの入場である。
頭には、山吹色のターバンのような布を巻いている。
今日は満月。月の明りが部屋の中に満ちるように、多少の寒さは無視して、格子が開け放たれている。その向こう側には、広い露台があるのだ。
酒宴を楽しむみんなは、奥の院の座敷の中にいた。遠甫は、その格子と露台の境目に立って、楽器を鳴らし、歌う。
桓たいは、大きめの太鼓を抱えていた。形は和太鼓にそっくりだが、和太鼓よりは軽いようだ。
その太鼓はわきに長細い布がつけてあり、肩からつるすことができるようになっている。片手に太い撥を持ち、もう片方の手で太鼓を支えている。
浩瀚は、それよりは厚みが無い、撥を打ち付ける丸いところを縄で締める、
いわゆる締め太鼓を、その縄の部分を片手でつかんで持っていた。もう片方の手には、桓たいのものよりは細身の撥が握られている。
二人とも、遠甫の奏でる曲に合わせて、各々の太鼓をたたき、足踏みをした。
桓たいは曲に合わせて抱えた太鼓を左右に大きく揺らす。体を目いっぱい使って踊る。
浩瀚は片手に持った平太鼓を上下にも動かし回し、撥を当てる。
遠甫の歌の調子が変わる。曲想が激しくなる。
浩瀚と桓たいのふたりは、それに合わせて、まるで舞を舞うように、体をひねり、
姿勢を変え、沈み込んで、跳びあがる。ときに二人並んで。ときに二人交互に。ときに合い向かい、ときに背を合わせた。
そのたびに、真っ赤な上着のすそが翻る。頭に巻いた山吹色の布も、その布端を長く背にたらしていたので、勢い良く向きを変えるたびにひらひらと空を泳いだ。
「すごい……」
陽子は、そんな二人を身じろぎもせずじっと見つめていた。
また、遠甫の奏でる曲の調子が変わった。物悲しい旋律だ。すると、それまでは無かった音色が加わっていることに気がついた。
「笛の音が聞こえる……」
陽子がつぶやく。
大小の太鼓を持って舞う二人は、陽子の正面にいた。
右の端に遠甫が、そして今見ると、左の端に、横笛を持った景麒が遠甫の楽器に合わせて、切なげな旋律を奏でていたのだ。
この曲が始まると、激しく舞っていた二人が正面にならび、静かに手を合わせ、深いお辞儀をしていく。
これも、舞のうちなのだろうが、陽子は、また別の意味を持つ曲が始まるのだと意識していた。
この曲は、旋律は景麒がその笛で受け持ち、遠甫はひたすら掛け声を入れていた。
「ぅせいや、ぅせいや、せっせ、ぅせいや・・・」
吐き出される合いの手と、太鼓を響かせながら型を披露していく、二人の男の体が作り出す、美しい線に、見物する者は魅了されていた。
やがてこの曲も、始めと同じような深いお辞儀と共に終了したようだ。
すると、遠甫がひときわ早い調子で、撥をかき鳴らした。明るい旋律だ。やがて、遠甫の声が再び院の中に響き渡る。
浩瀚と桓たいの二人は、勢いの良い遠甫の歌と旋律にあわせ、前に後ろに足踏みをする。回転する。沈み込む。飛び上がって回転する。
浩瀚は陽子のすぐ前にまで寄っては、また戻っていった。
しばらく踊り続けた後、ふたりは各々の太鼓と撥を置くと、今度は、自由な型で両手を上げそれを揺らしながら踊りだした。
今までの踊りが、きちんと決まった型であったので、一段と自由な雰囲気がした。
陽子は、蓬莱の阿波踊りみたいだ、と思っていた。
踊りながら桓たいは、虎嘯を仲間に加える。鈴も、祥瓊も手を引いて踊りの中に加えていった。
浩瀚も、足踏みを続けながら、そのしなやかで、思いのほか大きな男らしい手を伸ばし、陽子を誘う。
陽子は、少し恥ずかしかった。
それでも、うれしかった。
浩瀚に手を引かれて部屋の中央に出ると、陽子もみようみまねで手を上げ動かした。良く見ると、景麒も優雅に手を動かしている。大きな輪が出来上がった。
最後だけはみんなで踊ったが、浩瀚と桓たいの二人は、はじめからずっと踊りっぱなしだったので、四半時も続けていたことになる。
最後の曲が終わったときには、二人とも汗びっしょりになっていた。
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