杵とうすを持ってきた桓たいに拱手した後、田を管理していた荒民の夫婦は
彼の後ろからひょっこり顔を出した、少年のような少女に目を丸くした。
桓たいから、ついさっき、幼子を救おうと最初に池に飛び込んだのは主上だと聞かされていたからだ。
あわてて膝をつき叩頭しようとしたのを見て、陽子は自分も膝をついて二人に頼んだ。 br>
「お忍びなんだ。頼む、大げさにしないでくれ。私が景麒に叱られてしまう」
そういった。若い夫婦は顔を見合わせ、おそるおそる立ち上がると、丁寧に拱手した。
「主上が、脱穀、精米を見たいと言うのでお連れした。
常世ではどのようにするのか大変興味をお持ちでね。だから、よろしく頼む」
桓たいは真面目な顔をして、頼んでいた。夫婦はにっこりと笑うと、
顔を見合わせうすと杵を平らなところに設置し、妻のほうは大きめの団扇のようなものを出してきた。
竹に紙を貼ったものだろうか、あちこちやぶれて黒ずみ、ぼろぼろであった。
夫はうすの中に、乾燥した稲穂の中から、籾殻のついた穂の部分を取り次々に入れていった。
ある程度入れると、杵で軽くついていく。
その脇から、妻はぱたぱたと扇ぐ。
扇ぐそばから、軽い籾殻や稲穂の筋の部分は、うすの反対側へと飛ばされていく。
15分ほどつくと、妻は大きめのざるへ開けた。確かに籾殻はだいぶ取れている。
しかし、籾は取れてもいまだ茶色く色づいている。白米ではなく玄米であった。
「どのくらいつくと白米になるんだ?」
陽子がふと尋ねた。夫は、にっこり笑って汗を拭きながら、
「一刻ほどつかせていただければ、五合程度の米でしたら、見事に白米にしてご覧に入れます」
と、語った。
「一刻……」
陽子は、黙り込んでしまった。二時間つき続けるのか……。
これは、大変なことだ。そう陽子は単純に思った。
しかし、それはもともとじぶんが白米を炊いてお結びを作って食べたいといったことから始まったのを思い出した。
この夫婦はあんなに楽しそうに精米している。もう、やめろなどと戯れに言うことはできない。
こうして、私は気づかないうちにわがままを言っているのか?
桓たいにも言い出すことができず、陽子は複雑な思いでその場にたたずんで作業を見ていた。
やがて桓たいが、
「お解りでございますか?」
単純に精米の方法がわかったか?という意味と、王として何かを望むということは、
けして簡単なことではないということも、分かったか?と尋ねられたような気がした。
それは、望んではいけないと言うことではない。むしろ、その逆なんだろう。
しかし、その裏にある民人の活動にも思いをはせる必要があるのだ。
胎果の王である私には、その辺が苦手なところなのだろう。克服していきたい、何年かかっても。
陽子はそんな風に思っていた。
そんな陽子を、夫婦は見て、顔を見合わせ肯くと、
「主上、もしよろしければこちらを召し上がってみてくださいますか?」
夫のほうが、籾殻が茶色くなったようなものを、陽子と桓たいと二人の前に差し出した。
それは、竹を編んだのだろうか、粗末だが目の詰まった小さなざるに入れてあった。
少し焦げたような、香ばしい香りがする。陽子は、蓬莱の専門店で焼きながら売っているせんべいのような香りだと思った。
「これは、籾殻を煎ったんだな」
珍しい、とつぶやき桓たいが口に入れた。
「主上、おいしいですよ」
にっと笑って、桓たいにざるを手渡された陽子は、少し迷ったが、指でつまんで口の中に入れてみた。
籾殻ごと食べているのに、そんな感じはしなかった。米の少しこげた香り。
何の味もついていないのに、それはまるで幼い日に口にしたことのある駄菓子のような気がした。
陽子は蓬莱では駄菓子など食べていたかどうかあまり記憶になかったのだが、確かにそんな風に思えた。
「ほんとうだ、とてもおいしい」
そんな陽子の様子を見た夫婦は、満足そうに微笑んで、また脱穀をはじめた。
ぐずん、ぐずん、ぐずん、ぐずん……。ぱたぱた、ぱたぱた、ぱたぱた、ぱたぱた……。
王と左将軍は、そんな穏やかな脱穀の音をしばらく二人で聞いていた。
やがて、桓たいと夫婦に礼をいい、陽子は一足先に班渠に乗って金波宮へと帰って行った。
あさっては、いよいよ満月。どんな宴が催されることだろう。
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