そんなことがあってから数日後、堯天で初めて稲刈りが済んで、
まだいくらか緑の残る稲穂が献上されてきた。
それは、朝議の後の昼餉のひと時、鈴と祥瓊と三人でゆっくりと昼餉を取っているところだった。
陽子は楽しそうな顔をして、稲穂を両手に抱えてみた。
藁の丈もかなりのもので、乾いたところの茎が官服にすれてぱらぱらと細かくくっついてしまった。
「あらあら、陽子ったらもう。午後もその服で政務を執るんだから、あまり汚さないようにしてよね」
祥瓊に、まるで幼子のように叱られてしまい、陽子は恥ずかしくなってしまった。
「大丈夫よ、陽子。稲穂は私がどこかにつるしておくから、あなたは一回お庭に出て、衣を掃っておいでなさいな」
鈴にそう勧められ、陽子はおとなしく外へ出て行く。
「ふふ、まあ仕方がないわね。陽子は、自分の国の実りをはじめて自覚したばかりだから」
祥瓊がその後姿を見てそうつぶやいた。
「そうね。よかったわ、稲が何とか育って。この稲、嵐にも持ちこたえたんですって?」
鈴が祥瓊に尋ねると、
「ええ、そうらしいわよ。桓たいがそう言っていたわ。あれからもう半月以上経ってしまったのかしらね」
「そうね。もう稲刈りの季節になってしまったのね」
「どうりで夜になると寒いはずだわ」
「あら、祥瓊は時々暖かい思いをしているんじゃないの?」
「え?鈴ったらなんてことをいうの!!そんなことないわよ」
「はいはい、どうもごちそうさまでした」
しかめつらを笑顔に戻して、
「「うふふふふ……」」
と二人は笑った。そこへ陽子が服の汚れを払い落としてもどってきた。
「あれぇ、二人ともどうしたんだ? 楽しそうだよね。今、笑ってなかった? 」
「そうね、陽子のことを考えていると、なんだかうれしくなってしまうのよ」
鈴に言われて、陽子は自分が官服を汚してしまったことを言われているのかと思い、少々顔を赤くする。
祥瓊は陽子が桓たいと自分のように気軽に相談しあえるような相手がいないことを、心配していた。
慶国の政務は、女王の時代が続きながら男性中心の趣が強かった。
そんな中、桓たいと不思議な縁で知り合った祥瓊は、彼との関係を大切にしていた。
人としてはもちろん、陽子の周りを守っていく者の一人として、二人はまるで同志のようなものであった。
そういう祥瓊は、なんとなくではあったが、国王の孤独を理解していた。
元公主と言う立場がそういうことを容易にしているのであろう。
「陽子、今日も政務、がんばりましょうね。それと、少し字を読む練習をしたほうがいいわよ」
「ああ、それは私も感じている。冢宰府からいつも届いている、書状についての説明文、
あれを読んだらどうかと思っているんだが、祥瓊、どう思う?」
「ええ、それがいいと思うわ。実は、全部とってあるのよ」
「え、今までの分、全部?」
「そう、全部!」
陽子は絶句したが、すぐににこやかな笑顔に戻った。
「よろしく、頼む」
ぺこりと頭を下げる陽子に、祥瓊は苦笑して見せた。
「はいはい。私はきびしいわよぉ」
上から目線でにらんで見せると、陽子はおどけて見せる。
「ふたりとも、そんなことをしていないで執務室のほうへどうぞ。休憩にはお茶を持っていくからね」
いつのまにか、部屋の準備を整えたらしい、鈴が戻ってきてそう告げていた。
三人は、おのおのに目線を交し合い、笑顔で午後の仕事に就いたのである。
|