「景王様」
「王様、王様?」
「お二人は、仲良しですか」
「とってもとっても仲良しですか??」
陽子と浩瀚は、思いもかけない、子供二人の問いに、目を見張る。
「浩瀚と、私が仲良しか……ってこと?」
「はい、そうです」
「その通りでございます」
「こちらの隧道は、王専用」
「王様と王様の一番仲良しな方とが使われる隧道です」
「仲良しならば、私たちはうれしいです」
「仲良しでなくても、王様は使うことができます」
「できますけれども、そうだと悲しい」
「私たちは、悲しくなります」
陽子たちは、彼らのこだまのような問答を聞きながら、思案していた。
「ねえ、浩瀚?」
「はい、何でございましょう」
「私たちは、『仲良し』だよね?」
陽子は、幾分不安そうな表情をしていた。
浩瀚は、陽子にそんな表情をさせてしまうほど、自分は信用が無かったのか、としばし考えた。
しかし、隧道の衝立に貼ってあった書簡が、どうやら恋文だと言うことは陽子にもわかっていたことを思い出し、
『仲良し』に別の意味も含まれることに気がついた。
「はい、もちろんですとも主上。冢宰と言う職務を離れたといたしましても、主上と私は争ったりはしないと思われます」
そう、穏やかに語る浩瀚に、陽子は安心したように表情に微笑を取り戻すと、
「ジーナ、ヨーコ、二人とも安心していいよ。私たちは、とても仲良しだ」
と言った。
「左様でございますか」
「うれしゅうございます」
「本当に、うれしゅうございます」
「中をご案内いたしましょうか?」
「「いたしましょうか?」」
二人は、かわいらしく首をかしげる。
陽子は、うれしそうな顔をするが、少し思案顔で二人の小さな管理人にたずねた。
「ところで、ここからさっきの隧道までは、帰ることができるのか?」
「「もちろんでございますとも!」」
「景王様。どうか振り返ってご覧下さい」
「ご覧下さい、扉が見えますね?」
「見えますよね。あそこから出ることができます」
「必ずできます」
「お二人とも出ることができますよ」
陽子は、二人の手を取ったまま、首だけ回して後ろを見ると、そこには何の変哲も無い扉が、隧道の一部と思われる岩肌についていた。
「出たいと思ったら、出られるの?」
陽子は重ねてたずねてみた。
「はいはい、もちろんでございます」
「もちろん出ることができますよ」
「景王様がとってを引いてくだされば」
「簡単に出ることがおできになります」
二人はにこにこしながら説明する。
「ふうん、よかった。ここに入るときは、手が岩壁にめり込んじゃったかと思ったよ」
陽子が笑って、先ほどのことを説明すると、
「それは申し訳ありません」
「説明不足でもうしわけありません」
「ここは、お部屋への入り口です」
「景王様と一番の仲良しの方だけが使えるお部屋の入り口でございます」
「お部屋の使い方の書簡を読まれましたね」
「読まれますと、この扉が開きます」
「開いたときに、景王様に、まだ私たちはご挨拶をしていませんでした」
「ですから、きっと扉が見えなかったのではないですか?」
「今度はきっと見えますよ」
「お部屋の扉が見えますよ」
二人の子供は、舌足らずな発音で一生懸命説明する。
「へえ、そうだったんだ。わかった。では、次からは入り口が見えるんだね」
「はい、見えますとも」
「見えますとも、見えますとも」
二人の子供はにっこり笑った。
「では、ついでにたずねるけれど、正寝からこちらの隧道に入る入り口は、月や太陽が空に無いときに、見えるのかな?」
二人の子供は、顔を見合わせて思案するが、やがて口を開いた。
「景王様、ごめんなさい」
「ごめんなさい、ごめんなさい。私たちにはわかりません」
「それは、私たちにはわからないことなのです」
「私たちは、ここから出たことがございません」
「出たことが無いから、わからないのです」
「ほんとうにごめんなさい」
かわるがわる、困ったように謝る二人のことが、陽子はとてもいとおしくなった。
「いいんだ。これから、外へ出て確かめてみるよ」
「あれあれ、景王様は、もうお帰りですか?」
「出て行かれてしまうのですか?」
「そちらの方と、仲良くなさらないのですか」
「お二人のために、お部屋をご用意いたしましたのに」
浩瀚は、何事も無いような涼しい顔をしていたが、内心穏やかでは無かった。
しかし、陽子のほうは、結構無頓着な顔をしていたのだ。
「そんなことしなくても大丈夫だよ。私たちは、もう戻るけれど、きっと明日もまた来られると思う。ヨーコ、ジーナ、また会おうね」
絶対だよといって、陽子は二人の子供の肩を抱くと、自分の胸にかかえるようにして抱きしめた。
二人の、自称管理人の子供は、びっくりしたが、とてもうれしそうな顔をして、次の瞬間陽子の体にしがみついていた。
「こんな、うれしい事をしてくださる景王様は初めてです」
「そうです。初めてですとも」
そういってまた、ぎゅっとしがみついて、その顔をわきの下にうずめるようにしていた。
そんな、三人の様子と、陽子の幸せそうな顔を見て、浩瀚もとても幸せな気分になったのだ。
同時に、今までの国主がこの隧道を使用するときはまったく異なる使い方をしていたのだろうと、容易に想像できた。
特に、この二人の管理人に対する態度は、主上とはまったく正反対の対応だったのだろうと考えていた。
それに、我主上は、「一番仲良し」であるはずの人間よりも、このかわいい管理人たちに関心がおありのようだ。
まあ、それも、我主上であればこそだが。
実は、浩瀚は、自分の陽子に対する淡い思いが漏れて、この隧道の入り口が開いたのかと心配していたが、そのような心配は、どうやら必要ないらしい。
なにやら、もどかしくも思うが、それこそが、天帝がお選びになられた主上の、天性の御気質なのだろうと考えた。
「浩瀚?」
「はい」
「難しい顔をしてどうした?」
「いえ、申し訳ございません。しばし、考え事をしてとらわれていたようでございます」
「浩瀚ほどの男でもそうか。やはり、この隧道は不思議な隧道なんだな」
感心したようにつぶやくと、
「明日も、隧道を調べたいのだけれど、付き合ってもらえるだろうか?」
と、陽子は浩瀚に尋ねた。
「わかりました。できるだけ手早く、案件を処理したいと存じます」
「う、そうだった。明日はもう公休日じゃないんだ……」
無念そうに独り言を言う陽子を、浩瀚はさも愛しいと言うまなざしで見つめ、
「恐れながら、私もお手伝いいたしますので、明日は、こちらの入り口と月との関係を、調べることにいたしましょうか?」
「え、ほんと? 皆には内緒だよ。」
片目を瞑る陽子に、くすりとした笑みを漏らすと、浩瀚は恭しく拱手したのだ。
陽子は、二人の小さな管理人を抱きしめていた腕を解き、二人の頭をぽんぽんとなでてから、扉へ向かって歩いた。
振り返ると、二人は仲良く並んで、陽子たちに向かって拱手している。
陽子は手を振り、また明日ね、というと扉の取っ手に手をかけた。
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