従順なる原初の使い魔 第七節




 二人は、見たことも無い庭に立っていた。

 まわりはうっそうとした竹林であった。

 それは、その向こうには何があるのかわからないくらい、深い緑をしていた。

 自分たちの立っているすぐ前には、程よい大きさの池がある。 舟遊びをするほどの大きさではないが、朱色に彩られたちいさな太鼓橋が架かり、きれいな色の魚が泳いでいるのが見て取れる。

 足の下にはきれいな白砂利が、かかとやつま先に刺激の無い程度のまるみのある大きさで、敷き詰めてあった。


 青々と茂った竹林は、時刻がよくわからないが、入ってくる前の冢宰府の庭とは、 異なった時間であることは確かだった。

 空に星が見えない。曇った空のようだったが、薄明るいのだ。

 ひっそりとした中に、どこかで水の流れる音がする。そんな場所だった。


 そこに、二人の子供が現れた。

 どこから現れたのだろう?陽子は思わず浩瀚の顔を見上げた。浩瀚も首をかしげて、陽子の瞳を見つめ返していた。

 彼らは、六歳ほどの子供であった。

 髪を束にして後ろに一つにくくってあり、前髪を切りそろえ、冠はかぶっていなかった。

 ひとりは、明るい土色、オレンジといってもいいような色の髪に、やはり明るい茶色の簡素な袍を着ている。 淡い黄色の瞳をした切れ長の目を持つ、きれいな子供であった。

 もうひとりは、こげ茶色の髪に、やはりこげ茶色の袍をまとい、真っ黒な瞳のまん丸な目をした、かわいい子供だった。

 二人とも見目麗しいのだが、男の子か女の子か判断はできなかった。

 二人の前に、チョコチョコと進み出て、平伏した。

「景王様とお見受けいたします」

「いたします。いたします」

「「ようこそ、いらっしゃいました」」

声をそろえて、挨拶をした。

 何か声をかけようとしている陽子を、浩瀚はそっと押しとどめ、代わりに口を開いた。

「あなた方が、この隧道の管理をしていらっしゃるのですか?」

「あなた方という、貴方はどなた?」

「貴方は、景王様ではありません」

「ありませんね。王気が見えません」

「貴方はいったいどなたですか」

小さな四つの目が、浩瀚をにらむように見据える。

苦笑すると浩瀚は、

「それは申し訳ない。こちらは王専用の隧道でございましたね。私は、主上より冢宰職を賜っております、浩瀚と申します」

「「左様でございますか?」」

二人の子供は、唇を結んで浩瀚を見ている。

「浩瀚?どうやら疑われているようだよ」

陽子は笑って、二人のそばに膝を折り、目線を合わせるようにして、自ら二人に自己紹介をした。

「はじめまして、私が慶東国国主、字は赤子、本名を中嶋陽子といいます」

二人の子供は、黙って顔を見合わせる。

「それから、あなた方も慶国の国民であるならば、平伏はしなくてもよいのです。私が初勅で廃止してしまった。どうぞ、立って」

陽子は二人の手を取って、自分は座ったままで二人を立たせた。すると、彼ら(彼女ら?)よりも陽子のほうが視線が低くなってしまった。

 慶国の国主に上目遣いで見つめられ、二人の子供は少しの間あわてたが、やがて、思いなおしたように拱手した。

「私たちは、二人で一人、ひとりで二人、二人で一人の管理人」

「そう、管理人。景王様より、ご挨拶をいただいてとてもうれしゅうございます」

にっこりと笑った二人の子供は、それはそれはかわいらしい、ごく普通の子供に見えた。

「二人の名前を聞いてもいいかな」

膝をついたまま、子供たちと目を合わせ、陽子はたずねる。二人の子供は、ちょっと戸惑って顔を見合わせた。やがて、二人は口を開く。

「私たちの名を問われたのは初めてでございます」

「初めて初めて。初めてだからびっくりいたしました」

「今までそんなことは一度もございません」

「ございませんでした。ですから、自分たちの名前を忘れてしまうところでした」

「本当に、永いとき、たずねられたことはございません」

「うれしいです」

「とてもうれしいです」

そう、しゃべったあと、二人はおもむろに、名を告げた。

「わたしは、ジーナ」

「わたしはヨーコ、と申します」

「「どうぞよろしく」」

陽子は眼を丸くして、浩瀚の顔を見た。

「浩瀚、陽子という名前は常世にもあるのか?」

「いえ、申し訳ございません。わたしは主上以外で陽子というお名前は聞いたことがございません」

「そうだよね〜。でも、同じ名前なんて、なんだかうれしい。よろしくね」

思わず陽子は、両手を出していた。拱手する、二人の子供は、怪訝そうな顔をしてその手を見る。

「ああ、ごめんごめん。これは、蓬莱の挨拶で、握手って言うんだ。 貴方に対して敵意はありません、と言う意味らしいよ。さあ、ふたりとも片手を出して、わたしの手に重ねてくれる?」

 陽子が言うと、二人の子供はおそるおそる、拱手していた手を解き、片手をそれぞれ陽子の手に乗せた。

「ほら、軽く握って」

 陽子に言われて、軽く握ってみる。

 三人の暖かさが、伝わりあっていくようだった。

 二人の子供は、心からうれしそうな顔をした。

「こんなかわいい子供たちが管理人だったなんて、びっくりしたよ」

 陽子はうれしそうに、二人の子供の手を取ったまま、浩瀚に話しかける。

 浩瀚は、よもやこの者達が見かけどおりの年齢だとはとても思えなかったが、そういった思いは胸の奥に封じ込めて、

「左様でございますね」

と、答えていた。

 

第八節

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