従順なる原初の使い魔 第二節




  夕餉が終わったあと、陽子は残りの仕事をひとり執務室にて片付けていた。

 昼は春の日差しがまぶしいくらいだったのに、夜は冷え込んできた。 まだ、完全に暖かくなるには一月ほどかかるのだろうか?陽子は、そんなことを思いながら筆を置く。

 二通の書簡に御璽を押した後、肩を回しながら夕刻の扉のことを思い出した。

 そうだ、もう一度見てこよう。もしかしたら、今日は特別な日なのかもしれない。 どんな特別かは不明だけど、今日をはずしたらまた見つからなくなくなるかもしれないから。

 そう思った陽子は、まず残りの書簡を確かめてみた。

 たいした案件ではなかったが、紙の価格に関する横領の取締りについて、新しく法案を作る件が、わかりづらいといえば、わかりづらいほうであった。

 もちろん、大切な案件ではあったのだが。

 他にも、いくつかあったのだが、それはまた後にやるとして、その書簡を一つ持って、綿入れを羽織ると、一応いつもそばにおいてある、水禺刀を持って、外に出た。

「吐く息が、まだ白いな」

陽子は、一人つぶやくと、先ほどの岩山まで足を進めた。

 金波宮は、明日が公休日。今日中に仕事を終わらせたい官吏はたくさんいた。ここからは大分離れているが、 そこここで明かりが漏れる。新月であっても、ほのかに明るい正寝は、燭台など持たなくても十分に歩くことができた。


「ある」

 陽子は、うれしくなった。今まで何回か、「今日は見られるのでは」と思って見に来たときには、この扉にことごとく期待を裏切られたからだ。

 夢中で扉を開けると、やはり変な感じがしたが、中に入ることができた。久しぶりに、気分が高揚してくる。自然に歩く早さが増していく。

 そして、

陽子はついに走りだした。なつかしくて、涙が出てきた。陽子は同時にあの大変だった、初勅前後のころを思い出していたのだ。

「浩瀚、こうかん、お前を冢宰にして本当によかった」

おもわず、口走っていた。

 あっという間に、向こうの扉に到着していた。


 その、後姿をみつめている、四つの目があったことを、駆け抜けてしまった陽子は知らなかった。

第三節

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