つけたし




   つけたしその一


 満月の宴が終わって、片付け物をしていた鈴に、浩瀚は声をかけていた。

 鈴は、陽子や祥瓊、虎嘯はもとより、桓たい、遠甫とは自然に親しく口をきくことができるようになっていたが、 浩瀚とは直接はあまり親しく話したりすることはなかった。

 そんな、浩瀚が自分から鈴に話しかけてくるとは思わなかったので、あわてて仕事をやめ、姿勢を正して拱手していた。

「鈴殿、そのようにかしこまらなくても良いのだ。そなたに見てもらいたいものがある。これなんだが」

そういって、慶国の冢宰は陽子付きの女御に、まだ新しい手巾を出して見せた。

 これは、陽子が最近夜遅くまで何かを刺繍していた手巾ではないかしら。 祥瓊の言うとおり、冢宰に差し上げるために縫っていたのね。あら、陽子のほうが身分が高いのだから、「差し上げる」は、変かしらね。

 そんなことを思っていると、浩瀚はその手巾を開いて見せた。鈴の思ったとおり、そこには不思議な形が真っ赤な糸で刺繍されていた。

「鈴殿は、こちらが読めますか。どうも蓬莱の字らしいのですが」

 鈴は、さっぱりわからなかった。 時折むらを訪ねてくる商人の持ち物には、こんな形の文字らしきものが刻まれていたような気もするのだが。

「冢宰のお役に立てず申し訳ございません。こちらの文字は蓬莱ではなく、あちらの別の国の文字ではないかと思われます」

「そうでしたか、わかりました。また別の機会に主上か、もしくはご存知である可能性のある方にお尋ねいたしましょう」

 そういって、冢宰府に戻っていった。 鈴は、まだ仕事をするのかと目を丸くしたが、明日は公休日なので、やりきってしまいたい仕事があるのだろうと思いなおし、自分も片づけを再開していた。



 その手巾には、こう書いてあった。

 DEAR KOUKAN FROM YOUKO



 つけたしその二


 陽子は、酒宴が終わって正寝へ帰る途中考えていた。

 冢宰府に至る隧道の入り口が、なぜ見つからないのか不思議だったのだ。

 回廊からは、天頂から少し西に傾いた白く輝く満月が、まるで微笑んでいるように、そこにあった。

 天気が良くてよかった。少し寒くなってしまったけれど。

 陽子は、歩きながら考える。

 見つけようと思っていると、見つからないのか。

 もっと無心でいなければだめなのかなあ。

 それとも、日によって見つかる日とそうでない日があるのだろうか??


 誰かと一緒では入れないのかなあ? 

 うん??でも、初めて入ったときは、浩瀚も一緒に入れたんだから、そんなことはないだろう。

 いったいどうすると扉が見つかるのだろうか。

 正寝にもどり、寝支度を整えた陽子は、また叱られるかもしれないと思いつつ、庭に出て岩山に向かった。 今度は流石に寒いので、上着をはおり、外履をはいていったのだが。

 岩山には、扉の跡形もない。

 天頂近くには雲もなく、夜空に浮かびながら、わずかに西にその位置を移した満月に照らされて、岩山にうっすらと陽子の影が浮かんだだけだった。


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