しかし、この事件はこれだけでは終わらなかった。
太師邸の庭では、左将軍と冢宰が太師邸に不法に侵入し狼藉を働いた者たちを吟味していた。
空が倒し、捕まえた、どう考えても大したことのない賊たちを尋問した桓たいは、
罪の意識が全くないことに驚き、嫌な予感がした。
騒がれても面倒なので一人ずつ起こして尋ねては、また丁寧に気を失ってもらったのだが
、誰がどういう目的でこんなことを企んだか、さっぱりわからない。
「なぜこんなことをした?」
軽い調子で、桓たいは尋ねていた。何の気負いもなく振る舞い、相手に恐怖を感じさせないためだ。
いつもの気さくな桓たいである。
彼らの中に、首謀者がいない事等誰にでもわかる。
そういう時は、多くの情報が必要になる。
言葉のはしや、ちょっとした思いの中に、真実が隠されているかもしれないのだ。
相手を油断させ、どんなことでも多くを語らせた方が得策だと、桓たいは思っていた。
「いや、何となく」
しかし、男たちの答えは一様につかみどころがない。
「なんだと? お前が一人で考えたのか?」
さらに突っ込んで見ても、
「ううん、そうでもあるような無いような」
答えにならないのだ。
「おい、じゃあ誰かに頼まれたのか?」
桓たいは、聞きたいことを直接問いただしても見た。しかし、
「そうだった気もする」
等と言われたのでは、頭を抱えてしまうのも無理はないだろう。
「この野郎、じゃあ一体太師をどうする気だったんだ?」
「殺す、死なねば閉じ込める、子供は殺す」
この答えだけは、皆はっきりしていた。意志薄弱な割には、物騒なことを考えていたわけだ。
「だったら、お前は死罪だな」
当然のことを、桓たいは呟いてみる。すると、
「え、俺が死ぬのか。なぜ?」
と、まるで子供の様な反応を示す。
「なぜって、太師を隠し下男の子供を殺せば大罪だぞ」
こう説明すると、
「ああ、そういえばそうかも、いや、俺はいったいどうしたんだろう」
などと、またはっきりしなくなるのだ。
「おい、何をやったのか覚えているんだろうなあ。捕まることは考えなかったのか?」
と言うように、さらに尋ねて行くと
「路銀をもらった。雁国に逃げる。女王は嫌だ」
と叫ぶように言葉を吐き捨てる
。
「何だと!」
さすがの桓たいも、こんなところだけはっきりされては、イライラが募る。
殴ろうとする左将軍の手を冢宰が軽くつかんで止めていた。
賊は全員、このような感じだった。
このあと、今夜の賊は確かな者たちに任せ、
普段は全く使っていない左将軍の私邸へ押し込む形で隠ぺいした。
賊の護送を見送ってから、二人は太師邸の庭先で話していた。
「浩瀚様、おかしいですよ」
「何がだ」
「全部です!!」
憮然として桓たいが、周りを気にしつつも憤懣やるかたない声を漏らした。
「あいつらを動かしている奴が絶対いるはずです。あんな奴らだけでこんな大胆なことができる物ですか!」
「そうだな、路銀は本当にあったそうじゃないか」
「そうなんですよ。結構な額でした。雁で戸籍を買うほどは無いが物見遊山でしたら十分に行ってこられる額でした」
二人は太師邸に入り報告をした。
太師は、寝室ではなく書斎の方へ居場所を移し、桂桂の眠りを妨げないように注意していた。
「ふうむ、それは難儀じゃの。浩瀚、お主はどう読むかの?」
「はい、申し訳もございませんが、太師と桂桂殿には雁国へ見聞を広めに行っていただこうかと」
冢宰の提案に、太師は惑うこと無く同意を示す。
「なるほど、早い方が良いのじゃな?」
「むろん、後のことはどうにでも致しますので」
「わかった。では支度をするでの。それならそれで行きたいところもあるのでな。ほっほっほ」
笑う太師を見て桓たいは、目を丸くする。
「本気ですか、太師! 浩瀚様も!?」
「今回は空の手柄だ。うまくいけば黒幕を出しぬけるかもしれない。
せっかくだから賊の手に乗ってやるのさ。禁門から出れば誰にも見つからんだろう」
「ちょっと、浩瀚様。禁門から出入りしていいのは主上と台輔だけでしょ!」
小言をいう桓たいを見て、遠甫は優しい目をして微笑んだ。
「なあに、陽子は大丈夫じゃよ」
浩瀚も薄笑いを浮かべて、
「桓たいは存外律儀だからな。禁門を守っている兵は元麦州師が多いと聞いているが」
と、話しかけた。
「あのですね、あんまり俺の部下に法律違反をさせないで頂けませんかね。主上はともかく俺は台輔が怖いですよ」
「そうだな、お叱りは私が受けることにしよう」
ここまできて桓たいも、どうにでもなれという心境に至ったらしい。
「あ〜〜、もうお二人とも!! 解りました。では俺もとっておきの奥の手を出しましょう。では!」
そう言って、桓たいは太師邸の裏へ走った。そこには、虎嘯、鈴、祥瓊が寝泊まりしている離れがあるのだ。
とんとん、と軽く入り口を叩く。
「祥瓊、俺だ。解るか」
「ん、ううん、桓たい?」
眠たそうな声が聞こえる。
「おう」
「どうしたの?」
と言う声と一緒にかんぬきを外す音が聞こえた。桓たいはするりと中に入る。
「もう桓たいったらこんな時間に来て!
夜這いに来るならもっと早くして、もうすぐ私は起きて朝の仕事をする時刻なのよ」
「ああ、そうしたいところだったが野暮用だ」
「何!」
それまでの、冗談はすぐに奥に引っ込め、息を潜めて問い返す。
そうしながら祥瓊はすぐに身支度を始めていた。
「太師と桂桂が襲われた」
「なんですって!」
祥瓊は口に手を当て大きく眼を見開いた。
「いや、所だったんだがたまたま俺が来ていて大事には成らなかった」
「もう、びっくりさせないでよ」
「ところが、主犯者が誰か解らないんだ。それで、敵の手に乗ることにした」
「ええ、なんとなく事情はわかるわ」
「太師と桂桂は本日早朝から雁国視察に行くんだ」
「私もついて行くのね」
「行ってくれるか」
「もちろんよ、任せて。お二人のお世話は私が責任を持つわ」
「そう言ってくれるとありがたい。ほんとうに俺たちには信頼できる人間が少ない」
「延王延台輔には、きっとご助力いただけると思うし、楽俊もいるから良いと思う」
「ああ、多分みんなそう思っているだろうな」
「じゃあ、支度するわね」
「半刻ほど後に禁門だ」
「陽子には後でよろしく伝えて頂戴」
「もちろんだ」
まだ、日も出ていない真っ暗な中で西の空に、ほとんど丸くなった月が低く浮かんでいた。
一頭の吉量が、三人を乗せて禁門に立っている。
「では、行ってくるかのう」
「お気をつけて」
太師と祥瓊は静かに別れを告げた。桂桂はまだ眠そうにしていた。
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