この暁星は、とても不思議な星である。惑星の表面はほとんどが海で陸地は、
YOOKOたちが簡易観測所を設けたこの大陸と言うよりは島しか見当たらない。
しかもこの島は、火山などどこにも見当たらないのだが、その外周は外輪山の様な岩壁で覆われている。
中は比較的平坦だったが、降りてみると起伏はある。
緑で覆われている部分もあり、動物も住んでいた。
動植物も黄昏星の生物とほとんど変わらないのにもかかわらず、どこにも水が見当たらない。
雨でも降るのかと言えば、雲ひとつない空なのだ。
時折、大きな地震の様な揺れが生じる。
その揺れが激しいと、この島はふたが閉まってしまい、
生物たちは屋根の下に保護されるような形になるのだ。
Welcomeは、YOOKOを乗せて垂直上昇していた。
――そういえば、鳥がいないな――
比較的大型の脊椎動物がいるのだから、そのほかの脊椎動物がいてもおかしくないのだが、
翼を持って羽ばたきながら空を飛ぶタイプの動物が見当たらなかった。
――鳥のような生物を最初に放してみようかな――
YOOKOは黄昏星の生物データの中から、
何種類か持ってきている鳥タイプのDNAをいくつか思い描きながらモニターを見ていた。
やがて、外輪山の様な垂直のがけを超え、内側に入った。簡易観測所はもう少しだ。
「YOOKO!」
少し興奮しているような声が、Welcomeから聞こえてくる。
「どうしたの?!」
「YOOKO、あれ水じゃないですか? ほら、簡易観測所が立っている丘のすぐ下、何か光って見えるでしょ」
「ああ、あの少し坂が急な所だね? 小さな崖になっている所!」
「そうです。COOCAN様、応答願います。そちらから見えますか?」
「よく聞こえる、Welcome。モニターもよく見えている。このすぐ下だな」
「COOCAN、聞こえる?」
「はい、もちろんよく聞こえますよ」
COOCANはモニター越しにYOOKOに笑いかけてきた。そんな、なんでもない些細なことがYOOKOには嬉しい。
「やった! AKEMIの言ったことは本当だったんだ。暁星の人が私たちの存在を認めてくれたようでうれしい。
Welcome、『お手柄』だね」
そう言って、YOOKOは護衛艦の中でその船に向かって微笑んだ。
「……」
「おや?Welcome、どうしました? まさか、照れているのでは?」
「い、いや、そんなことはありませんCOOCAN様!」
「どもるプログラムも組み込んでいましたっけね」
「COOCAN? 何それ?」
「あ、YOOKOが気にするようなことではありませんよ」
「えぇ? なんだか『仲間外れ』にされたみたいだ」
Welcomeが、それを聞いてもう一度話に加わってきた。
「COOCAN様、私はいいですがYOOKOにそういう気持ちを起こさせてはいけないにと思いますよ」
「おや、Welcomeは私に意見がありそうですね。それは後でゆっくり聞くことにしましょう。
それよりも、YOOKOは『仲間外れ』という感覚があるのですか?」
「うん、これもずいぶん昔に使われなくなったいわば死語っていう部類に入ると思うのだけど。
Circle4の学習プログラムの中で出てきた言葉では、私は感覚的に共感できる言葉なんだ」
「そうですか?」
YOOKOとCOOCANが後にした黄昏星は、人口が3000人を切っていた。
しかも、リアルに触れ合うことは禁止されていた。
バーチャルでは、それこそ3000人の誰にでもアクセスできて、なんでも疑似体験できたが、
それはあくまでもバーチャルな世界であったのだ。
YOOKOやCOOCANはそれでは何か虚しく満足できない感覚を持っていた。
最も黄昏星ではごく少数派であったが。
「COOCAN、私水を採取していくよ。成分も調べるだろ?」
「では、YOOKOお願いできますか?」
「もちろん! 待っていて」
今度はYOOKOはCOOCANに向かってモニター越しにニコッと笑う。
それを見たCOOCANは、なぜか満ち足りた気持ちになった。
簡易観測所のあるところまで戻ってきたWelcomeは、
「YOOKO、外へ出ますか?」
と、訊ねてきた。
「うん、スーツは着たままだから大丈夫だと思うよ。本当は、スーツなしで出たいんだけどね」
「それだけはご勘弁を」
「はは、解ってる。じゃあ、あの平らな所なら降りられるかな」
観測所のすぐ下には草むらがある。それほど広くはないが、Welcomeは下りられそうだ。
ゆっくりと、ホバーリングしながら垂直に降りる。スペースはちょうどWelcomeの船体にぴったりだった。
「おあつらえ向きだね」
「そうですね」
プシュ〜〜〜
静かに着陸すると、カプセルチェアからYOOKOは解放される。
船体の入り口が自動的に開く。YOOKOは用心深く外へ出てみた。
観測所のある丘はすぐそこだ。植物の量が多く、木々の密度が高い。
それで建物は見えなかった。ふわりとした土の感覚。しかし歩いていても沈まない。
YOOKOは、木や草をよけて崖に近づいた。
ちょうど、YOOKOの腰のあたりの高さから、透き通った液体が湧きだしていた。
湧きだしている所は少しくぼんでいる。それが、崖の下に流れだし、細い沢を作り始めていた。
YOOKOは液体採取用のカプセルを取り出し、その口を湧き口に近づける。
内部の圧力を下げる装置が付いていて、スイッチ部分を軽く押すと、
シュンという気体が抜ける音と共に水と思われる液体がカプセルの中に収まった。
「よし、Welcomeの所まで戻ろう」
満面の笑みを浮かべ、YOOKOはまたWelcomeに乗りこんだ。
そのまま、すっと上昇する。すると、小高い丘の上、簡易観測所のあるところに着いた。
COOCANが外に出てYOOKOを出迎えた。
「COOCAN!」
「YOOKO!」
お互いに呼び合う二人は、気持ちが次第に混ざり合うような感覚を覚えた。
「このカプセルの中に採取したよ。COOCANのデスクに置いておくね」
「ありがとうございます、YOOKO! ではさっそく成分分析を行います」
「うん、そうして。私は、食事の用意をするよ」
「おや、久しぶりですね、『食事』は」
「そうだっけ? 何か希望はある?」
「はい、では『乾杯』をしてみたいので、『お酒』とその『おつまみ』と言う物をいただけますか?」
「ああ、そうだね。私も一度口にしてみたかったんだ。
絶対禁止にあってから、どんなものだったかも忘れられていたらしいから。
まあ、今回は一応持ってきた黄昏星の材料を使うけどね。
この星の物がうまく食材になればいいんだけど」
「そうですね。では、私は分析を始めます」
「うん、ありがとうCOOCAN。私も始めるよ」
そう言ってお互いに触れ合わないように気をつけながら、それぞれの仕事に取り掛かった。
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