それから三日間は、忙しく過ぎた。
変わったことと言えば、シダ状の植物が、ものすごい勢いで生えて、
1メートルほどの大きさになったかと思ったら、そのまま枯れてしまったことだろうか?
YOOKOはがっかりしていたが、めげずにもう少し条件を変えてやってみるつもりになった。
また、鼠によく似た小動物。おそらく恒温動物だろう、暖かそうな体毛に覆われて、
愛くるしい目をした、手のひらに乗ってしまうかという体を持つ生き物。
これが何匹か、COOCANの作った罠によって捕らえられていた。名も知らぬ、
この暁星の木の実もよく食べていたが、黄昏星の食料も同じように食して何ともないようだった。
この小動物、かりに暁ネズミとでもしておこう、彼らを何匹かずつ飼育槽に放し、観察していた。
立って仕事をしていると気がつかない、そんな程度の軽い地震が一度あったが、
この場所に蓋はされなかった。この程度の揺れでは、あの不思議な蓋は覆われないようだ。
「COOCAN、Welcome、どうだった?」
「YOOKO様、見つからないんですよ。どうしたもんですかね」
答えたのは、スピーカーの役目をしている護衛艦Welcomeの端末だった。
端末からは擬人化されたWelcomeの声がする。
「うむ、水源が無いとなると、あの海の水を何とか使うしかないんだが、あの水は未だに入手できないのです」
「逃げてしまうって事?」
「はい」
「でも、変だなあ? 最初に、この星に降りたとき、ほらこの星の人と話をしたって言ったでしょ。
あのとき試験管に、私はあの海の水を採取したような気がするんだけど」
COOCANはふわりと微笑んで、
「確かにそうしようとなさっていましたね。しかし、
YOOKOはそのあとすぐにその青い海の中に引き込まれてしまったではないですか」
「あ、そうだ! そうか、採取していなかったのか。うーむ残念!」
COOCANとWelcomeは、明るく笑う。
「あれ、酷いよ。Welcomeまで笑うこと無いだろ!! でも、この島に水源がないとすると、
あの海から純水を取り出すしかないだろう。何かいい知恵はないかな?」
「そうですね」
そのとき、護衛艦のWelcomeが口を挟んだ。
「せっかくだから、暁星の人に聞いてみたらどうですかね。
このまま、こうして話し合っていてもらちがあかないような気がしますが」
「うん、それはいいかもしれない。もう一度、あの海岸に行ってみようかな」
YOOKOは、COOCANの顔を見ながら思案していた。COOCANは、そんなYOOKOを横目で見ながら、
「私は、暁鼠(あかつきねずみ)を見てきます」
「あれ? あの小さい脊椎動物、そんな名前だったの?」
「いえ、暁星の鼠だからそうつけたんですけど」
「なんだか、単純すぎない? あれによく似た動物がまだいるかもしれないよ」
「では、それには暁次郎鼠とでもつけましょうか?」
「あはは、それ面白いね。Circle4の講義にあった名前の付け方を応用したんだね」
「そういうことになりますか」
「「あはははは……」」
「では、行ってきます」
「うん、餌を忘れないでね」
「もちろんですよ」
そういってCOOCANは片手をあげて見せた。
この簡易研究所の隅に作られた飼育槽は、移動可能な衝立のようなもので区切られ、
その向こう側に置いてあった。小動物がこちらの様子をみて神経をとがらさないようにしてあった。
3つの飼育槽に3匹から4匹ずつ入っている。元気に動き回っていた。
どうやら、この付近で見かける木の実がお好みのようだった。実によく食べている。
小動物がたくさん栄養をとるのはどこの星でも変わらないようだ。
この星に季節があるかどうかはまだ不明だが、その実はたくさんなっていたので集めるのに苦労はしなかった。
「COOCAN!」
衝立の向こう、円形をした観測所の反対側からYOOKOの声が聞こえてきた。
「やっぱり、海までもう一度行ってみることにするよ。Welcomeと一緒に行ってもいいかな」
COOCANは、2番目の飼育槽にいる暁鼠たちに餌をやりながら、
「わかりました。気をつけて!」
そう叫んだ。
「じゃあ、行ってくるね。Welcome?」
「はい、YOOKO。準備完了です。スーツの点検は済んでいますか?」
「え? Welcome、心配してくれるのか。いや、まだだけど」
「しておいてください。何があるかわかりませんので」
「危険なことがあるの?」
「いえ、何もなさすぎるんです。それがなんとなく、私の電子回路にはそぐわなくて」
「おい、Welcome。何も無いならそれに越したことはない。
YOOKOが危険に合わずに済むのだから。余計な事をして、かえって危ない目に合うようでは困るんだ」
飼育槽の影から大きな声が聞こえた。
「COOCAN様は、考えすぎですよ!」
「大丈夫だよ、COOCAN。点検はちゃんとしていくから」
珍しく顔をしかめながら、衝立の向こうからCOOCANが出てくる。
「では、こちらへどうぞ。YOOKO」
と言って、衝立の表側、つまりこちら側にある、
まるで壁にかかっているシャワーのノズルのようなものを手に取った。
「あれ? COOCANいつの間にそんなものを作ったの?」
「COOCAN様、ここでシャワーを浴びるんですか? いくらなんでも服を脱がないと」
「Welcome!」
COOCANはおしゃべりな護衛艦の端末をにらむと、
「これは、簡易センサーです。このスイッチを入れると、Grass hopeの
人工頭脳にそのままデータが送られて、細部にわたって不具合がないかどうか短時間で点検できます。
私の作ったものはほぼすべてこのセンサーで点検できますので、何にでも使うことができますよ」
「へえ、さすがCOOCAN。こんなものまで作ったんだ」
YOOKOはさっそく、衝立のほうまで歩いてきて、
そのセンサーの下に立った。COOCANがスイッチを入れてくれた。
淡い光がYOOKO全体を包む。全体が緑っぽくなったかと思うと、
今度はピンクから赤い輝きに変わる。YOOKOは、自分の体が少し暖かくなるのを感じていた。
「いかがです?」
COOCANが尋ねるとYOOKOはにっこり笑いながら、
「私は何ともないよ。快適だったけど、結果は?」
と、答えた。
「ええ、今分析しています。ああ、出ました。
エネルギー変換フィルターが多少汚れているようですが、問題はなさそうです」
「わかった。じゃあ、今度こそ行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい! Welcome、頼んだぞ」
「アイアイサー!」
YOOKOは、その赤い髪をスーツの中にしまいこんで、緑色の瞳をくるくる動かしながら、軽やかに出口へと向かった。
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